イベント・講座情報

NPO法人タッチケア支援センター > イベント・講座情報 > 6/14 (土)30年目の阪神淡路大震災 第一弾 ボランティア元年 草島進一(山形県鶴岡市議)さんお話会@京都+オンライン

6/14 (土)30年目の阪神淡路大震災 第一弾 ボランティア元年 草島進一(山形県鶴岡市議)さんお話会@京都+オンライン

30年目の阪神淡路大震災 第一弾 ボランティア元年
草島進一(山形県鶴岡市議)さんお話会@京都
―“神戸元気村”から自然との共生社会へ―

お申し込みは、こちらのpeatixからお願いいたします。

講師:草島進一(山形県 鶴岡市市議)
日時:6月14日(土)17時~19時
会場:ベーコンラボ京都駅 (JR京都駅から徒歩4分)
形式:会場+オンライン(Zoom)
※共にアーカイブ視聴あり
参加費:会場 2000円 / オンライン1500円
主催:NPO法人タッチケア支援センター
******************************************

1995年の阪神淡路大震災の直後に被災地入りし、神戸市東灘区石屋川公園に立ち上がった伝説のボランティアセンター「神戸元気村」の副代表として支援にかかわった草島進一さん(山形県鶴岡市市会議員)をお招きしての“お話会”を開催します。

大地の一瞬の揺れで大勢の人々の命を奪い、都市機能を壊滅状態に陥れた阪神淡路大震災から今年で30年。その悲しみからの復興の道のりの中、一方で1995年は“ボランティア元年”とも呼ばれました。現在、山形県鶴岡市市会議員として環境問題や地域創生など、幅広い分野で社会の問題に取り組む草島進一さんにとって、阪神淡路大震災は原点であったといいます。

「会社の派遣で3日だけいて、帰るつもりだったんです。ところが、僕らが提供する炊き出しを、現場の皆さんが泣いて喜んでくれて。『こんなことは、僕の人生にはなかった』って感動してしまい、神戸に残ると決めて滞在。その後、会社を辞めて3年間、ボランティアを続けてしまいました。それをキッカケに、自分はいったい世の中のために何ができるかを考えるようになり、またどうやったら人間は、時には地震のような厳しい一面も見せる「自然」との共生ができるのかを突き詰めるようになりました」(草島進一さん)

阪神淡路大震災のあの時、一人一人の内側に芽生えた人間の可能性と市民・民間NGOの力を振り返り、あれから30年、日本社会にどのように関わり、変化していったのかを、神戸元気村の当時の記録映像やその後の全国での被災地支援、環境問題の取り組みの資料をもとに、災害支援、地域創生、ボランティア、NPO、NGOの活動、環境問題、自然との共生等、様々なことをお話していただきます。皆さん、ぜひご参加ください。オンラインでもご参加いただけます。(会場・オンラインいずれの方も後日アーカイブ動画をご覧いただけます)

日時 2025年6月14日(土)午後5時~7時
会場 ベーコンラボ京都駅 402号室
京都府 京都市下京区 塩小路町 520 三ツ林ビル MAP
JR/地下鉄烏丸線「京都駅」徒歩4分、京阪本線「七条」駅 徒歩13分

定員:会場20名 / オンライン100名
参加費:会場 2000円 / オンライン 1500円

【オンライン参加方法】
オンラインでご参加の方は、前日までにご指定のメールアドレスにZoomのURL、IDをお送りします。
※案内メールが「迷惑メール」や「新着」などのフォルダに入ってしまう場合があります。前日までに案内が届かない場合は、それらのメールフォルダをご確認のうえ、事務局にご連絡ください。

【アーカイブ動画について】
会場参加・オンライン参加いずれでも、後日アーカイブ動画をご覧いただけます

【草島進一氏プロフィール】

山形県出身。1965年生まれ。山形県鶴岡市議会議員。明治大学農学部を卒業後、物流業の「アクロス」に勤務したのちアウトドアや自然食品関係の雑誌や市民活動団体での編集業務に従事。1995年、1月23日に阪神・淡路大震災の直後に被災地入りし、神戸市東灘区「神戸元気村」副代表として支援活動に3年間従事。当初は、避難所などの被災者救援。その後、仮設住宅の孤独死対策「ベルボックス」事業など。
その後の主な被災地支援活動先は、日本海重油災害(97年)、中越大震災(04年)、中越沖地震(07年)、能登半島地震(07年)、岩手・宮城内陸地震(08年)。被災された住民宅や避難所巡回といった被災者目線での現場活動を軸にしながら、地域にとってのよりよい復旧・復興を目指すため、政策提言などを行なう。その後、環境保護や地域創生に関心を深め、NPO活動を経て政治の道へ。現在は、持続可能な地域づくり、環境政策、防災・減災の推進に力を注ぎ、市民目線の政治を実践している。「鶴岡持続可能社会研究会」「Waterwatchnetwork」代表(社)オープンジャパン理事

公式サイト
参考資料『朝日芸能プラス』【ちょっとおかしな市議・区議たち】阪神大震災ボランティアで人生激変!「自然との共生」目指して「山伏の修行」

 

【用語解説① ボランティア元年】
日本の市民運動史上では、1995年のことを意味する言葉。日本では長らく「ボランティア」は、それを趣味とするか、党派的意味合いを帯びている、ある意味で特別な市民が行うものというイメージが強かった。しかし、1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに、それまで主としてボランティアに携わってきた人々とは異なる多くの市民が災害ボランティアとして参加した。そのため、同年を「ボランティア元年」と呼ぶ。ボランティア参加への流れは一過性のものにとどまらず、その後ナホトカ号重油流出事故(1997年1月2日に島根県沖の日本海で発生したロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」の沈没事故に伴う重油流出海洋汚濁)の際の海岸清掃作業などにもつながった。ボランティアが注目されたことにより、多くが任意団体であった既存のボランティア団体の立場を強化すべきという声が高まり、「NPO」として法人格を付与することが検討された。これは、「特定非営利活動促進法(NPO法)」として1998年に実現した。(Wikipedia より引用)

【用語解説➁ 神戸元気村】
阪神淡路大震災直後の、1995年1月19日に神戸市灘区石屋川公園に集まったボランティア達によって、山田和尚(通称:バウさん)を代表として立ち上がった民間の非営利団体。『元気鍋』(避難所や公園などで炊き出し)、『宝探し隊』(倒壊家屋の取り壊しに際しての預金通帳や貴重品からアルバムや結婚指輪等の思い出の品を探し出す)、仮設住宅の孤独死対策等、様々な被災地支援活動を展開した。

【コーディネイター】

中川れい子
NPO法人タッチケア支援センター代表理事
兵庫県出身。1963年生まれ。関西学院大学文学部卒業後、塾・予備校講師となる。​阪神淡路大震災当時、西宮で被災し現地ボランティア活動に従事する中、身体を通じての心のケアの必要性を感じ、1998年よりボディワークの道へ。​2011年にNPO法人を設立しタッチケアの普及・教育活動を行い、東日本大震災、高齢者施設や医療・福祉の現場で施術活動を展開。またセルフケアの重要性を広める。著書「みんなのセルフタッチング」「オトナ女子のおうちセルフケア」エサレン®マッサージ認定施術者・教師

NPO法人タッチケア支援センターでは、阪神淡路大震災から30年目、あの頃を振り返り、未来につなげていく大切なエッセンスを私達の両手ですくいあげていく活動を、2015年にスタートいたします。また、能登半島地震の被災地とも連携をとっていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

【主催:お問合せ】
NPO法人タッチケア支援センター
公式サイト https://touchcaresupport.com/
メール office.touchcare@gmail.com