2023年03月07日
ご報告➁ 編集者さんに聴く 2/20 “みんなdeセルフタッチング”
2023年2月20日、「みんなのセルフタッチング」(日貿出版社)出版記念、第二回『みんなdeセルフタッチング』無料オンラインイベントも、今回も、大勢の皆様にお集りくださいまして、ありがとうございます。冒頭、中川れい子のガイドで、簡単セルフタッチングを皆さんで体験。自分に触れて、こころもからだもやんわりと、互いにつながりあってから、トークが始まっていきました。
第一回目のレポートは、こちらです。
今回は、2年間の連載と、昨年12月に書籍になるまでの編集秘話を、担当編集者の下村敦夫さんと阿久津若菜さんにお話を伺いました。
今の時代、なぜ、セルフタッチングが必要なのか? そして、“本”という様式で“身体性”を表現することの極意、編集哲学等も伺いました。想像をはるかに超える豊かなお話しが広がっていきました。下記、トークの書下ろし文です。少し長いですが、セルフタッチングの意味がさらに深まっていく貴重な資料となりましたので、お時間のあるときに、ぜひお読みください。(中川れい子 NPO法人タッチケア支援センター代表理事)
トークゲスト:下村敦夫さん(日貿出版社、編集者。ウエブマガジン「コ2」発行人編集者)・阿久津若菜さん(「コ2」編集者)・中川れい子(NPO法人タッチケア支援センター代表理事 「みんなのセルフタッチング」著者)
中川:それでは『みんなのセルフタッチング』の本づくりに関わってくださった編集者のお二人をご紹介したいと思います。日貿出版社の編集者で、これまで数多くの身体系書籍を編集されてこられ、また、ウェブマガジン「コ2」の発行人でもある下村敦夫さんと、「セルフタッチング入門」というタイトルで、2020年夏から2022年夏までの2年間、ウェブマガジン「コ2」連載時に担当してくださった編集者の阿久津若菜さんです。編集のお仕事って、つくづくアートだなぁ、錬金術だなぁと思いました。こういう形で思いや文字が形になっていくことに感動しています。
まず、お二人の編集者さんに伺いたいのは、どうしてセルフタッチングについてのことを「本」にしようと思ってくださったのか?ということです。なんと、最初の本のタイトルには「サバイバルのためのセルフタッチング」にしようとまで思ってくださったということなのですが、それを聞いて私も、ほ~、なるほどと(笑)まずは、そのあたりから、お話を伺えますでしょうか?
何故、サバイバルのためのセルフタッチングなのか?
下村:そうですね。じゃあ、順番としては、まずは阿久津さんからでしょうか。
阿久津: では、私は、「サバイバルのためのセルフタッチング」に至るまでのお話ということで(笑)。私は、最初、コ2でれい子さんの連載をしたいんですと下村さんに相談した時に、いやぁ、やはり人が人に触れることは、ハードルが高いし、慣れていない場所では、なおさら緊張してしまうでしょうと。じゃあ、自分で自分に触れるセルフタッチングはどうでしょう?という話になりました。すると、その直後にコロナの問題がおきたのです。そして、実際に連載が始まったのは2020年の夏。あの頃はこれほど長びくとは思わなかったのですが、そしてコロナ禍のまる2年間を通じて「セルフタッチング入門」の連載が始まっていきました。
下村: 基本的に本は、一人で読むものなので、読んだ人が一人でできるものが原則だなぁと思っていたことがあります。また世の中全体を見渡すと、ボディワークやタッチケア等にかかわる人はそれほど多数派ではなく、夫婦や家族でも、それぞれ関係性は様々なので、一人暮らしの方も含めてこの本を読んで一人でやれることがいいと思ったわけです。連載しようと決めたのは新型コロナが流行する前でしたが、ここまでの状況になるとは想像していませんでした。その後もコロナが長期化するなかで、自分も含めてリモートワークが中心となり、コミュニケーションそのものの在り方が変わったのを実感しました。触れ合うこと以前に、実際に人と会うこと自体が激減して、コ2の連載中もどんどん状況が変化したわけです。
そういう中で、自分が思っている以上にこの(触れる)というテーマは大切なことなんだと思えてきました。ですから昨年、書籍化に向けて編集作業をしている時期には、かなりシリアスに「これはやばいんじゃないのか?」と考えるようになりました。生きる上で不可欠だった最低限のコミュニケーションが不足しているように思えて、もはや、連載の最初になんとなく思っていた「触れることで癒される」といった(ふわっ)とした言葉では語れないのではないかと。人類が生き物として、これほど人と接しない状態というのはかなり異常な状態で、人間が生きる上で必要な必須アミノ酸みたいなものが、ざっくり抜けてしまったような状態なんじゃないか?と。これはもう、これからの日々を生き抜くためのサバイバルツールとしてのセルフタッチングではないかと。そんなこともあって、一時期は「サバイバルのためのセルフタッチング」というタイトルも考えたほどです(笑)。流石にそれはやめましたが(笑)。とはいえ意気込みとしてはそういう感じでした。
中川:ほんと、最初の頃は3年も続くとは思わなかったですよね。ところが、一つの波があけたら、また新しい波が。一体、いつ終わるのだろうと。おっしゃるように、何かが「ごそっと抜けた」という感じで生身の身体が抜けてしまった。タッチケア支援センターを立ち上げようと決めた12年前も、ごそっと何かが抜けていく予感がありました。その時は、世の中のデジタル化が進んでいっているのが背景だったのですが、ま、私達のような世代はいいのですが、デジタルネイティブのお子さん達が育っていく時代、10年後、20年後をみつめて「触れること」「つながること」を伝えていく準備をしておこうと。ところが、設立10年後に、コロナがやってきてしまい、「えーっ!」って感じで。セルフタッチングも、別にそのために準備していたわけではないのですが、まさかの…という感じでした。とはいえ、阿久津さんがおっしゃるように、他人に触れられることが苦手な方は増えてきていますから、せめて自分で自分にという、そういう背景もあったかと思います。
繊細な方へのメンタルサポートとしての
セルフタッチングの可能性
阿久津:セルフタッチングは、就労移行支援センターで活用されていたり、メンタルサポートとしても役立つのではないかと、私自身感じました。自分の身体に触れて自分を感じていると、自分を大事に思えてくる。セルフタッチングには、そういう何かがあると思ったのです。
中川:就労移行支援センターや地域活動支援センターでは、最初は、タッチケアを教えてあげてくださいと依頼を受けていったのですが、お互いで触れあうのはさすがにハードルが高くて。参加者の方はうつの回復期や、発達障害の方や、引きこもりの方もおられました。セルフタッチングでは、ほんとうに、ゆっくりと自分の身体を確かめるようにふれていって、だんだん安心を感じるようになって、最後には気持ちがいいと感じることも。私は、最初から「自分を大切にしましょう」と誘導はしないのですが、だんだん、自分の言葉で「自分をもっと大切にしてみようと思います」とつぶやいていただけるととても嬉しく思います。もちろん、そうでなくてもいいわけですが。
テクノロジーが進化していく中、
触れられることに戸惑う人は想像以上に増えつつある。
下村:『みんなのセルフタッチング』の本の帯にある「新型コロナ、SNS、リモートワーク、オンライン学習……。広がりながらバラバラになった世界で必要なのは、誰かとつながる前に、自分とつながること。さわって、自分を見つける、自分を癒す」という言葉は、編集の最後に出てきたものなんです。これは新型コロナが終わっても、不可逆的に変わってた世界を前提にしたものです。ネットを通じてデジタルで世界中の人々がつながっている一方で、物理的には個人個人がバラバラになっていっている。これまでは生きていれば否応なく、他者と物理的にかかわる必要があって、そこで面と向かって人と話したり、思ってもいなかった人との出会いといった不特定多数なコミュニケーションがあって、そうした時に必要な能力・スキルを育む機会があったわけです。
ところがネットを含むテクノロジーの進歩で、今はそれまでみんなで分担していたことをある程度一人で完結することができるようになりました。それ自体は素晴らしいことなのです。一方で、生物学的見れば、他の動物に比べて脆い人類が生き残れてこられたのは、誕生のその瞬間から常に他者との関わりのなかで成長し、頼れる存在と出会い、安心を感じることで生きてきたことを考えると、なにか重要なものが欠落したまま進んでいるように思います。ネットを介して世界とつながる、帯では「誰かと」という言葉を使っていますが、実際は「過剰な情報」と年中無休でつながっている反面、質感を持った自分が安心を感じられる他者とつながる機会が減った時代で、それを補わずにいて生き物として大丈夫なのだろうか? という問いがあったわけです。その上で、その不足を補う方法として「まず自分に触れ安心を感じたり、改めて自分の存在を物理的に実感すべきではないか?」ということが帯の言葉になったわけです。
実のところ、中川先生の周りで集まっている方々は(ふれあうことを受け入れておられるので)ある意味コミュニケーション能力が高い方が多いと思います。だけど世の中には意外にそうではなく、人と触れることはもちろん、コミュニケーションを上手くとれない人がどんどん増えてきているのではないでしょうか。
中川 :まさにこの本を読んでいただいた中でできた帯のメッセージだったのですね。伺っていて思ったのですが、確かに、私達のタッチケアのクラスに来てくださっている方々は、ふれあっていくことを通じて、徐々にワイワイと関係性を構築していく方が多いのですが、実際には、そうはならない人のほうが多いのかもしれませんね。
下村:そう思います。圧倒的にというのは言い過ぎかもしれませんが、想像以上に多いと思います。特に学校にいっている間はまだしも、社会人になると独り立ちをしたり、友達を作る機会そのものが減ったりするので、実際にはすごくハードルが高いのではないでしょうか。なにか自分から積極的にそれ以外のフィールドに参加する努力や、そこでうまく他者との関係を築くスキルが無いといけない。数値化するのは難しいでしょうが、少子化や結婚の問題も金銭的な問題はもちろんですが、他者と出会う機会を含めて、コミュニケーションスキルや、その前提にある「他者と関わり、触れ合うことで安心感を感じる」という体験・経験が少ないことがポイントのように思えます。その出発点としてまず自分からという入り口があってよい気がします。
中川:これは、今、「異次元の少子化対策」を考えてくださっている方々にも聞いていただきたいお話ですね。
下村:(笑)
触れられることに繊細な男性たちにも
この本を、そっと届けていきたい。
中川:下村さんのお話を伺っていて思い出したのは、NPOを立ち上げるかなり前、私のエサレンのクライアントさんの中で、旦那さんが触れられるのが苦手だという方が、結構の割合で多かったのですよね。で、聞いてみたら、その旦那様方は、学歴も高く社会的地位も高い方だった印象が。もちろん統計をとったわけではなく一概には言えないのですが。
下村:山口創先生との対談でもありましたが、自分も含めて、男の人は、なんというのか、そのあたりのことが苦手な方が多いと思います。自分のやわらかいところ、脆い面というのは、それが奥さんに対してであってもオープンにするというのは、想像以上にハードルが高い。それは体面をプライドからくるもので、反面、弱さの表れだと思います。虚勢といってもいいのかもしれません。「武士は食わねど高楊枝」的な(笑)。ただそうすることでバランスを保っていやってきているので、その積み上げた駒の一個でも外れてしまうと、そこからもう、まるでダムに穴が開いたかのように瓦解してしまうのではないかという感覚があるのかもしれません。特に物理的なフィジカルなタッチというのは、否応なしに自分の領域を侵食する、ある種の威力があって、身をゆだねる……というのはどこか裏側に恐怖があって。
お店で知らない人からマッサージを受けるのが好きな人でも、「奥さんにはちょっと」というのは、潜在的にこれまでの関係性を保つうえで「弱いところを見せられない」という防御心理が働くように思います。原則的にたぶん男性のほうが脆いと思っています。強がっているだけで(笑)。ですからマッサージを勧めるのであれば、小さい子をあやすように、にんじんの原型がわからないぐらいにミキサーで小さく細かく砕いてあげるぐらいのことをしないと受け入れない(笑)。もちろん、これは個人的な感覚でもありますが。その上で、もしも、皆さんの中で旦那さんやパートナーにタッチしようと思って、相手から「よせよ……」って反応が返ってきた時は、「ああ、やっぱり豆腐のように弱くて柔らかい生き物なんだ」と、やさしい眼差しで見てあげてもらえればと思います(笑)。かといって、あんまり配慮しすぎると、余計に傷ついたりするので、「あ、そうなの」ぐらいの感じで、そこはかとなく、この本が目に留まるところに読んで欲しいところに付箋を入れて置いておいてくださるぐらいがいいかと……。面倒くさい生き物ですよね(笑)。
中川:本の表紙のイラストに「男性」を入れていただいたのは、そのあたりのことだったのですね。男性へのプレゼントにもいいですよね。
下村:強がっているけど実はへこんでいるなぁという人がいたら、すっ、とリビングの机の上にでも置いてあげて、夜一人になった時にこっそり夜に開いて読んでいるみたいな(笑)。ほんとうに、ストレスに弱い、脆い生き物なのですよ(笑)
中川:いやぁ、今日もこのオンライン・トーク会、聞いてくださっている方は女性が多いと思うのですが…。
下村:そうですよね。びっくりするぐらい女性が多くて。どうしようかと思うほどです(笑)
中川:そんな中、下村さん、大事なことをお伝えくださり、感謝いたします。聞いてくださっている皆さんも、いろいろと感じるものがおありだと思います。実際、タッチケアのクラスでもよく話題にあがるのです。実は、旦那さんのことが一番心配なんですよね…と。私達は、こうやって触れあって、お互いに話ができて支えあえるけど、実は、パートナーさんのこと、お子さんのことが気にかかるんですという方が凄く多いのです。家庭の中で、そのことに気が付いて、前に進むためにタッチケアのクラスに参加してくださっているようなケースもあります。また、私の友人で、息子さんが遠く離れて一人暮らしで気になるので、この本を送ったといってくださる方がいましたよ。そんなふうにこの本を使ってくださると嬉しいですね。
一人一人、身体も感じ方も、家族の在り方も様々だから
下村:親子や夫婦で、ある程度、触れ合う関係性がある人には、逆にこの本はそれほど必要じゃないかもしれません。でも、意外とそういう関係性が出来ていない人のほうが多いようにも思います。一言で、「家族だから」と括るのは、もはや難しいと思いますね。
中川:一人一人違うし、個人個人の感じ方が多様ですしね。
下村:過去の生き方の果てに今の自分がいて、その生き方が、皮膚という境界線の延長線上にあり、そうやって自分が出来上がっているので、その自他を分ける境界線に触れられるというのは、実はとてもハードルが高いように思います。ですので、その中和(妥協)点としてのセルフタッチングがあってくれればなと。セルフタッチングなら一人でできますから。
そうしたこともあって本の冒頭に、やりやすいワークを入れて、前半で「なぜ皮膚へのタッチが必要なのか」という理論的なことを入れました。結果的に「安心して、気持ちがよければ、それでいいじゃない」とも言えますが「なぜタッチが必要なのか? どういう理屈なのか?」といった理屈がないと男性はなかなか実践まで辿り着かないことが多いので、そうした構成にしています。ある意味、男性向けのアリバイ作りですね(笑)。ですから「理屈は後回し」という方は飛ばしてもらって全然構いません。またワークも、普段自分を落ち着かせるために無意識にやっていることを紹介することで、「あ、なるほど」と腑に落ちやすいようにしています。
中川:最終的に書籍化する時に、「困ったときの1minワーク」等も入れてくださったり、とにかく、冒頭から、なんとか本を読み進めるうちに、気が付いたら、なんとなく自分の身体に触れていけるような本の構造になっていますよね。そこは、編集、お見事だなぁと思いました。
健康系の書籍を創るときに心がけていること
では、そろそろ、下村さんの本を創る哲学やコツについてお聞かせください。これまで多くの身体に関する本の編集に携わってこられましたが、身体性を本で表現するのって、とても難しいことだと思うのです。そのあたり、いかがでしょうか?
下村:そうですね。わりとはなからあきらめているところがありまして(笑)。正直に言いますと、身体系のことについて言えば、著者の思いを100%正確に読者へ伝えるのは基本的に不可能だと思っています。身体は一人ひとり違いますし、感覚も違いますから。そもそも、身体について文章化する段階で、情報量はかなり減っているんです。たとえば、中川さんが講座などで“ふわっ”と触れられるのと、それを実際に見るのと、それを文章にしたものとではまったく情報量が異なるわけですね。ですから本を作る時には、そのあたりについてはあきらめています。
それを踏まえて私が健康系の本で一番大切にしていることは、先ほど言ったように、本は基本一人で読むものなので、どういう場所で、どんな人が、どんな思いでこの本を読むのかが、想像することができないことが前提にあります。その中には「道で拾った」から、「なんとなく面白そうだから」「人にもらって」など色々な場面があると思うのですが、もしかするとすごくシリアスな状況「藁をも掴む」気持ちで、その本の一字一句をしっかりと読んで実践しようとする人もいるかもしれません。言葉の受け取り方もそれぞれで、「軽く押す」という説明を読んでも、その軽さの基準は人それぞれです。
つまり読み手の状況や受け取り方をこちらが把握するのは不可能なわけですね。そのうえで「できるだけ安全な本でありたい」と思っています。極端に言えば「効果がない」という方へは「ごめんなさい」と言えば済むのですが、「頑張りすぎてかえって体を壊した」という人が出るのは避けたいわけです。それが健康関係の本を創るときの私のセオリーです。もちろんできるだけ手にとっていただいた多くの人に満足してほしいというのはあります。ですので、できるだけ誰がやっても効果が感じられる再現性が高いもの。そのうえで、やり過ぎないように注意を入れつつ、仮にやり過ぎても体に負担ができるだけないもの選ぶようにしています。
中川:それは、とても大切なことだと思います。たしかに、本の場合はどなたが読むのかわからないですものね。
下村:これはあるある武術の先生から伺ったお話なのですが、その先生のところへ「先生の本を読みました。一生懸命、読んで形を練習したので見てください」という人がきて、動きを見たら、コマ割りの写真のように、カクカクっと動いたというんですね(笑)。その先生も最初は冗談か喧嘩を売っているのかと思ったそうですが、聞いてみると型の連続写真を見てそのまま覚えてしまったというわけです。これは極端な例ですが、作り手の意図とは全然違う受け取り方をする人がいるのだ、ということを改めて思うきっかけになったお話でした。
阿久津:でも、動画が使えるようになって、少し楽になられたのではないですか?
下村:そうですね、たしかに楽になりました。ただ健康系の本の場合はやっぱり、強弱を含めて極端な捉え方をする方もおられる可能性があるので、この教訓は今も生かされています。基本的に健康系の本を手にするときは、自分自身も弱っていたり、健康に問題のあったりする方が読んでくださるケースが多いので、内容には慎重であるべきだと思います。それが、一番大切にしたいことですね。
中川:素晴らしい。それは、タッチケアにも通じるものがあります。タッチケア講座に参加して学んでくださった方が、ご自身の家庭に戻られて、実際に、ご家族にご高齢の方、ご病気や怪我をされている方もおられる場合も多いので、そういうときに事故がないように、安全であるように気を付けています。安全第一で、ある程度の心地よさを伝えられたらそれで十分という枠組みをもつようにしています。世の中には、こうすればここに効く……という情報は山ほどあるのですが、そこが一人歩きしてしまってやり過ぎる人もいるわけで、どこまで安全性を保ち責任をもてるのか想像力をもつようにしています。クラスではある程度、伝えている生徒さんの顔が見ることができますが、本の場合は受け取り手の顔が見えないので、なおさらですね。
下村:そうですね。ですので「こういう人がいますよ、こういう考え方がありますよ」という新しいアイデアの種のようなものを蒔くこと、新しい扉があることを伝えられるのが、本の持つ魅力でしょうね。
本に“触れていくこと”
そこから新しい扉が開かれていく。
中川:私も方法や手順を書いても、それほど読者には伝わらないと考えています。なので、今回も、何と言うのか、“言葉”そのもので読む人に触れていくようなそういうイメージで書いてみました。で、読んでみて、ちょっとやってみようという気持ちになってくれたら、十分なのです。その時、その人の「手」がすぐそばにあるのですし、じゃあ、ちょっと自分の身体に触れてみようと思っていただくのが、いいんですよね。あ、ここで、コメントをいただきましたね。ちょっと、読んでみますね。
「ボディワークだと、普段、対面でかかわるときも、言葉を使いますが、言葉の「齟齬」は必ず起こります。「齟齬」が起きたときに、その場で言い方を変えたりできるけど、本ではそれが出来ないのが難しいですね。その人その人に合わせて書けないですものね」
中川:確かにそうですね。その人、その人にあわせることはできない。その場その場での修正ができない。ほんとそうだと思います。でも、言葉や編集を深めていくことで、本には不思議な普遍性が生まれてきて、そこから人と人とをつなげていくような何かがあるようにも思います。
下村:それが本の存在意義かもしれないですね。ですから著者の方も100%を伝えようとはせずに、ある意味、限界を理解したうえで、自分なりの「マイルストーン(標石)」を置くような感じで書き始めてくださると、ちょうどいいのではないかと。コ2自体もそういう意図で始めたものです。「その時の思いを書き留める軽い感じでまず書いてみましょう」と。あと現実的にどんな本でも、5年も過ぎるともう、著者自身の考え方や状況も変わっていることがほとんどだと思います。「不朽の名作を書こう!」と思わず、「今の自分を記録しておこう」くらいの感覚で書くとストレスなくやれるかと。
中川:うーん、深いですね。本づくりって。でも、本にしていただいたおかげで、私達、セルフタッチングを伝える仲間がいっぱいいるのですが、とても、大きな指針になったと思います。
下村:そう言っていただけると嬉しいです。
中川:この本があるから自信をもって伝えていけるようになり、自分自身への信頼が深まったり、あるいは、本がご縁で、こういう場所でやってくださいというお声をいただいたり。本って太古の昔からあるけど、凄いものですね。
下村:一方で滅びゆく産業では?という想いもありますが(笑)。そういっていただけると嬉しいです。いや、本を作るって、ほんと、大変なので(笑)。私の段取りの問題もあるのですが、今回の本も、編集している時は、記憶が断片的で、ほとんど記憶がないほどで(笑)。気が付いたら、年が明けてお正月だった……みたいな感じだったんですよ(笑)
中川:申し訳なくて、涙がでそうです(笑)。2022年のうちにというのは、ありましたか?
下村:連載中の勢いがあったので、そのままいこうという思いはありました。それと、秋におこなった山口創先生とのオンラインでの座談会も大きかったです(『みんなのセルフタッチング』の最後に編纂されています)
中川:あの時の、山口先生のお話や、佇まいは、響いてくるものがありましたね。
(「みんなのセルフタッチング」P200 からP220に掲載されている山口創先生(桜美林大学リベラルアーツ学群教授)との対談を収録した際の、オンライン座談会。2022年の9月に収録されました)
山口創先生との座談会がターニングポイント。
下村:今、振り返ると、あそこで私のなかで「サバイバルのためのセルフタッチング」というのが明確になったと思います。あの段階では、現状に危機感こそあれ、まだ「どうしようかなぁ」という感じで、とりあえず、ロジカルな面を山口先生に伺ってみようというところでした。正直、それほど「男性にも届けられるものを」という意図はありませんでした。もちろん「手にとってくれたらいいなぁ」ぐらいはありましたが。それがあの対談を通じて、色々なイメージが明確になった感じで。そこから、改めて文章を一か月かけて、ピースとピースをはめこむように構成を大幅に直しました。山口先生との対談がなければ、そこに辿り着くことはなかったと思います。
中川:それはもう、私の想像を超えた大変な作業でいらしたと思います。山口先生と、下村さんの間で、深い共感といいますか、何かがおこったのでしょうね。
下村:やっぱりあの時の対談で、「セルフタッチングは私達がこれからの時代をサバイバルするにあたって必須のものではないでしょうか?」という私からの問いかけに対して、山口先生が頷いてくださったことが大きかったですね。
中川:山口先生も、お病気の時に自分自身を抱きしめて自分を癒すことを実践されたというお話が出てきますよね。なかなか、男性社会で、そうしたことができる方は少ないのではないかと思います。あのお話をしていただいたのは、大きかったですね。
社会の男性性の枠組みを超えていくには?
下村:実は私は中学校の頃からU2というアイルランド出身のロックバンドのファンなんです。そのバンドのフロントマンをしているボノが本のなかで、「自分たちアイリッシュ系の男はマッチョであること、不撓不屈であることが美徳とされている。それはアイルランドの歴史的な背景から生まれたもので、とても大事なものなんだ。それは素晴らしいことなんだけれど、それが邪魔になることが多い。特に世の中を進歩させるにあたっては、マッチョイズムを貫き通すだけではなく妥協も大事なんだ」というようなことを語っているんですね。これは男社会というものを考えるうえで基本的なアイデアじゃないかと思っています。
中川:ボノ、かっこいいですものね。それに、繊細なところもあって。あ、ロックの話ばかりでごめんなさい。下村さんとは、ロック好き仲間でもありまして(笑)。
下村:(笑)。社会を見渡してみても、たとえば女性議員が進出していますが、「男よりも男勝り」であることが選挙で勝ったり、党として必要とされる条件であるように感じます。
中川:そうですね。企業や政治でも、女性が進出していく方法をみていると、ほとんどの場合、男性が創り出している方法を踏襲しているような面もありますよね。
一人一人が自分自身の”いのち”のやわらかさ、
脆さ(Vulinerability)に触れていくことの大切さ。
下村:そういう男性側が作った「枠組み」が、まだベースにあって、今なおとても強固ですよね。これを変えるのは本当に難しいと思います。セルフタッチングの話から、えらく飛躍してしまいましたが(笑)。
中川:そうですね。自分の身体に触れていると、自分の身体の柔らかさや、いのちの感じがもの凄く伝わってくるものがあると思うのです。そういうところから、男性もセルフタッチングを行ってくださると、とてもいいなぁと思うのですが。
下村:そうしたことを通じて、自分で、自分の脆さ、弱さを認めていける……。自分の弱さがわかれば、他人の弱さも理解ができるのではないか、と。それを頭ではなく実感する最初のステップとしてセルフタッチングがあると思います。こんな風に話させていただいて改めて思うのは、セルフタッチングは我々が思っているよりも、ずっと重要なアイデアなのかもしれませんね。正直、私のようなおっさんはまぁいいとしても、もっと若い子供さんに、小学生の時とか、ちょっとした体操やホームルームの時間とか、1分でいいので少しだけ、そういう時間があったりすると、ゆっくりとですがさっきお話に出た社会の仕組みのような、大きなものが変わっていくように思います。
中川:ほんとうに、そうですね。昨日、NHKでウクライナの子ども達の番組を見ていたのですが、お父さんが戦争に行き、負傷してしまった高校生の男の子が、高校を出たらすぐに兵士になって戦争にいって闘って仇を打ちたいと。で、その高校生の男の子に対して、周囲の人は、そうじゃない生き方もあるんだよ……、って、ロシアの人にもいい人はいるんだよって、はやく兵士になりたいっていう息子を諭すんですよね。それを見て、少しほっとしたのですが、そういう時代でもあるので、みんなが自分で自分の身体に触れて、やわらかで、はかなくて、それでも、あたたかい自分の身体に触れていくことは、もう、グローバルに、世界中がやればいいのになぁって、思うことがあるのですよ。
下村:いや、ほんとに。大手のIT企業や世界保健機構(WHO)が音頭を取って普及させてほしいですね。例えば会議の開始前に、30秒とか1分くらいセルフタッチングをしてから話し合うみたいなことを導入すると面白いかもしれませんね。体の反応というのは思想や宗教を超えたものですから。
中川:そう言っていただけると、とても心強いです。これを聴いておられる皆さんも、勇気づけられたのではないでしょうか。あ、コメント欄から「下村さんのお話、とても興味深いです。本好きなのですが、本の作り手の方の考えって、ほんとうに深いんだなぁと。そういういろんな視点がつまって、作品(本)となっていくんだなぁと感動しています」といただいていますね。いやぁ、そうやって、この本も作ってくださったのですね。私も、感動しています(笑)。私も本好きですが、そうやって本が出来上がっていくのは、私も感慨深いです。最後に、編集者のお二人から、本好きの方へのメッセージをいただけると嬉しいのですが。
本もまた“触れて、感じて”つながっていく。
阿久津:今日、皆さんのお話を聴いていて、ほんと、この本を創って良かったなぁと思えてきました。人にやさしくなれるし、そして、何よりも、自分自身に一番やさしくなれるし…。また繰り返しになりますが、ぜひ、皆さんの周囲の方に、プレゼントしてくださいね。
下村:本当に「プレゼントに一冊!」を合言葉にしてほしいですね(笑)。セルフタッチングもそうですが、本というマテリアルに触れることも大事ではないでしょうか。手で重さを感じて、本を開き、ページをめくる。実は、触れて読むというのが意外と大切じゃないかと思っています。本はやはり触れて読むことで、質感や重さ、段々と頁が減っていくことなど、情報の経験値が違ってくるように思います。私自身は、電子書籍だとあまり内容が覚えられないこともあるので特に(笑)。
中川:本って、それに触れることで、お互いに通じ合うものがあるのですね!いまや、世の中には電子で文字が溢れていますが、本は触れて、手でページをめくり、何処かに置いて眺めたり、手にとって重力を感じたりしながら、実在感がありますよね。その点、“タッチ”ととても似ています。
下村:ほんと、そのとおりです!
中川:今日は、いいお話をほんとうにありがとうございました。なんだか、心があたたまりました。ここから、どんどん広がっていくような気がします。皆さんも、ご一緒くださり、ありがとうございました!
2023年2月20日、新月の日に収録。
下村さん、阿久津さん、お忙しい中、ほんとうにありがとうございました。
ご参加くださった皆様にも、感謝です。